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小手毬の庭

合羽橋の帰りの電車の中で座席から溢れんばかりの小手毬と白い花を抱えた御婦人。
思わずその可憐な小手毬に見入ってしまった。

あの公園の事を書いたせいだろうか…
当時住んでいたテラスハウスの庭を思い出した。


田園都市線の駅から更にバスに乗ると「夕焼け橋」と言う停留所がある。
降りてから古い石段を上ると小高い一角が広がる。当時はまだ空き地と畑と標高80mの富士がある自然のままの公園と街路樹がある街並みだった。

目黒から越した私は賃貸の荒れた庭を1から手入れして屋外リビングにしようと一人プロジェクトを立ち上げる。
つまり家族は誰一人、興味がないと言う事。

周りは庭木の販売をしている植木屋が何軒もあってイメージを膨らませるには最適の環境だった。

1997年
私は「白一色の庭」に憧れた。


通りからは生け垣の樹木で庭が見えないように工夫する。

まずは整地。
荒れ放題の土地の草むしりからスタート。


次に芝をはる作業。
ガーデニングの本を見ながら何とか形になってゆく。

庭13ブログ


庭12ブログ



プランター付きのトレリスやアーチを設置して、つる性の白い薔薇の苗をいくつも植えた。
ブログ庭1


いたる所に小手毬や雪柳の苗木を、そして白い花を配置した。
庭8ブログ



庭の中央にはピンク色の花が咲きこぼれる百日紅の木を植える。
柳腰・・・という形にこだわって百日紅を育てている植木屋の土地をいくつも巡って探した。

これは地下足袋のお爺さんがクレーン車で運びこんで植栽。
(後に今のマンションのテラスに樹木を注文して、運びに来てくれたお爺さんだった。ここで再会するとは・・・)




庭3ブログ
1年後には色彩も欲しくなったので壁際にはライラックや時計草を植えた。
ハーブのゾーンも作った。



庭でー2001春ブログ

木製テーブルと椅子は芝生をはる時点でこの庭に一番に置いた。
ここでお茶をしたり日曜日の遅いランチが出来るように…(永遠の夢だった)
テーブルに立てた緑色のパラソルを広げるとそこはまるで秘密のリゾートに。


テーブル
小手毬はテーブルを囲むように植えたので4月下旬から5月にかけてこの庭は白い花明かりに夜を忘れるような幻想的な雰囲気となった。

庭9ブログ


庭4.ブログ


太陽の光を一日中浴びながら、庭木や草花の世話をしたり雑草を抜く事が私の心の穴を埋めていたのだと思う。

土が良かったのか植物達はどんどん成長して可憐な花を次々咲かせてくれた。

時計草のつるが昆虫の触覚のように動いて巻きつく様子も、この庭で目撃した。
庭1.burogu


山椒の苗木は瞬く間に私の背を超える木となり、山椒の実を沢山つけた。毎年多くのアゲハ蝶たちがこの木で育っては、羽ばたいていったのを思い出す。



こうして何年もかけて庭と部屋が緑で繋がっている様な家にしていった。
家2ブログ


家ブログ


家3ブログ








私がこの家を後にしてから庭は無残に壊され、樹木たちは全て切り倒されたと聞く。




私が作った庭は今も記憶の彼方で白く光りながら風に揺れている。



木馬5ブログ

















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1980年代への想い

多摩センターではいつも懐かしい曲が館内に流れている。
1980年代から90年代のJポップばかり。
それはトシちゃんだったりkANの「愛は勝つ」だったり………
なぜなんだろう。
切ない想いではなくて、ヘラヘラとへそが笑う感じ。
あの歌が流行っていた頃は娘が中学生だったなあ。
世の中カラオケブームだった。そうそう私は木馬館を閉めた後にしばらく近所のカラオケ屋のキッチンスタッフとして働いていたんだっけ……
等と、とりとめもなく、その時代の色々な場面を思い出す。
実は真面目にメガネ留めをご指導しながら頭の中は時代を散歩しているのだ。




木馬館をOPENしたのは1979年。
その年の流行歌を忘れない。
久保田早紀の「異邦人」
たまにカラオケに行くとつい、歌ってしまう。
クリスタルキングなんて言う方達もいた。
五輪真弓の「恋人よ」は切ない歌なんだけど彼女の声には怨念が感じられ、顔を見ると妖怪人間ベムに出てくるベラに見えて仕方がなかった。
「恋人よ、そばにいて。凍える私のそばにいてよ……」何度見ても怖かった!


80年代に入るとYMOが流行りだし坂本龍一達の機械的な曲が街中に溢れ出した。それはテクノポップと呼ばれた。
木製の家具は追いやられてステンレスの足や無機質な感じの家具が流行る。


洋楽はソフト&メロウの時代だった。
ボズ スキャッグスやボビー コールドウェル。
木馬館ではよくこの2人のレコードをかけた。
トワイライト…夕暮れから夜になるまでの青い色の時間帯に似合う曲。

今聞いても彼らの歌には胸キュンになる。

木馬館

金曜日のレッスン中に入った訃報はK君のお母さんでした。
K君は、木馬館時代に通ってくれていた高校生。
みんなぴかぴかに可愛い17歳だった・・・・・

原付バイクの免許を取ると皆おそろいのサテン地のジャンパーを作って、それを着て木馬館に集合。
イチゴソーダやメロンソーダを飲みながらたわいのない話をしていたね。

そのうちそれぞれ彼女が出来て・・・・木馬館のクリスマス会にはお洒落をして彼女をエスコート。
アルバムを開くとあの日の君たちの笑顔が懐かしい。


サーフィンに夢中になってバイトに明け暮れた彼らの青春のど真ん中に木馬館はあったと思います。
店のドアを開ければ誰かが必ずカウンターに居る。
そうやって皆が集まっていた小さなカフェ・・・・

皆が進路を決め始めていた頃にK君の父親が失踪してしまい・…彼だけが家を手放して働いていく事になった。

専門学校や大学に進んだ皆と毛皮の縫製業に就職して一人暮らしを始めたK君。
彼はそこで相当の苦労をしながら仕事が終わると木馬館に珈琲を飲みに立ち寄ってくれていた。

なけなしのお金で小さな娘や息子の誕生日を祝ってくれたのを思い出すと今も胸がいっぱいになる。

木馬館は母と私が二人で営んでいた。
彼にとっては母親と姉みたいな模擬家族だったと思っている。

母は何かとK君の食事や生活を気遣いランチの残り物などを包んでは持たせていた。



木馬館と我が家には境界線が無かった。
何かあると皆が我が家に来ていた。毎年の正月はたった2Kのあの狭いアパートに皆が集まって飲んだり食べたり子供たちも大喜びだったのを思い出す。

ある晩、K君が思い詰めた顔で我が家を訪れた。
失恋だった。
元夫はまだ食事中だったがK君は食卓に進むと突っ伏して男泣きを始めた。家族はドン引きだった・・・・
嗚咽と・・・夫の納豆ご飯をすする粘った濁音だけが響き渡る。




皆成人式を迎えた日には木馬館で集合写真を撮った。
彼らの中で育った私の子供たちも嬉しそうに写っている。


それから彼らは社会人になって・・・・あのクリスマスの夜に、はにかんだ彼女と一緒になった人もいれば、別の人と結婚した人もいる。
制服が可愛かった女の子もこの中のT君と長くお付き合いをして二人は結婚した。
今は尾山台で花屋さんを営んでいる。
有名ブランドで成功したかに見えたI君はある事件で服役に・・・・・・
「手紙」という映画の様に塀の中との手紙のやり取りがしばらく続いた。
おでん屋を継いだY君、私は今も目黒の平和通り商店街にいけば必ず立ち寄る程、ここのおでんは日本一!と自慢したくなる。
美容師に、町工場の2代目社長、水道や。


皆40半ばの立派なオジサンに成長したのだ。




K君は・・・・K君だけはいつも貧乏くじを引いて来たかも知れない。
理不尽な結婚生活、失踪した父親には亡くなってから再会したと聞いた。どんな思いで火葬場に立った事だろう。
そして・・・母親の介護生活と仕事。


彼の模擬家族は崩壊してしまったから私の離婚で疎遠になっていた年月がある。
それでも娘の結婚式には駆けつけてくれたし、K君は一人で山形に行って母の作る御飯を食べて嬉しそうだったと・・・後で両親の電話で知った。
もう私の作る御飯は食べてもらえないのかな・・・・再婚したからよその家かな。
何だかとても悲しかった。





母親の訃報を彼自身が知らせてきた時に私は、出来る事なら時間の穴埋めをしたいと願った。
「何でも私に出来る事は言ってね・・・・」
「じゃあ受け付け頼んで良いかな」
短いメールのやり取りだったけれど少しでも役に立たせてくれた事が嬉しくてそれから無性に切なくなった。

生きていればきっと、きっと君にだって良い事があるはずだから!!!!!!
君が可愛がってくれた娘は母親になり、姉のつもりの私はすっかり婆ちゃんだけど、また模擬家族になろうよ。

今日は春の冷たい雨が降っています。この雨で今年も桜も散るかもしれない・・・・

これからK君の待つ品川のお寺に向かいます。




回想

木馬館便りをずっと過去にさかのぼって読んでたら朝になってしまいました・・・・というお言葉を頂戴して
恐縮するやら、はてさてその頃何を書いたのかとドキドキしてサラリと過去記事を流し読みした。
すると下書き保存がいくつか存在した。
これがその「回想」というページ。2006年に書こうとしたものらしい。
今、木馬館があった街を歩いてもその変貌ぶりに驚く。
目黒区碑文谷の住宅街にその店はあった・・・・・




             看板  20060730160425.jpg

  
        20060730160259.jpg番犬ニッパー


             20060730160311.jpg
コレクション棚


20060730160234.jpg
カウンターに住む人魚



         看板 
          kannba.jpg




               20060730160437.jpg



最後に出てきた閉店のお知らせが少し切なくなった・・・・・。

わたしはだあれ

わたしがなくしたもの
白いペエジの詩集
青い小鳥
思い出という名の押し花
昨日
愛3分の1・・・

びい玉


ぬすまれたもの
やさしさ
愛3分の2・・・
心の窓の鍵
ガラス玉よりきれいな瞳


もやしたものは初恋
あの人の写真
自分自身
青空



わたしは だあれ
光の中でとけこんだ 小さな灰



詩集


ジャジャーン!!!!!!!
この詩こそが封印されていた14歳のポエムじゃけんね。(このポエムって言う響きが悶絶だ)
フォアレディースあなたの詩集7「恋するアリス」(絶版)に掲載されてました。
まさに多感で繊細。
硝子の少女時代が私にもあったようです。



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09 11
プロフィール

mako

Author:mako
その昔、木馬館というCafeをやっていました。

天然石ビーズのお店でジュエリースクール講師を務めてからその後独立。日夜「大人の女性の為のアクセサリー作り」を考えて暮らしてます。
家族は宇宙人の哲爺。

「ねむの木のテラスから」こちらはアクセサリー発信のお教室ブログです。
どうぞ遊びにいらしてくださいね。

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