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純銀粘土のお教室

2000年の秋頃だったと思う。
娘が家を出て・・・・・おまけに息子が横道にそれて行き出した・・・・。
子供達の事で一生懸命になればなるほど物事はこじれて、ねじれて、私は行き場を失っていたあの頃。
夫は何事にも逃げ腰の人間だったから余計に一人で何とか頑張らなくてはならないと奮闘していました。
家族の中の孤独・・・・・・

もう限界を感じながら私はぼんやりと二子玉川の街を歩いていたのです。

高島屋の1階では玉川コミュニティクラブの作品が展示されていました。
カルチャースクールという所には全く縁が無いと思っていた自分がひときわ惹かれたのがアートクレイシルバーのコーナーだったのです。
元々、独学でパン粘土を始めて、それをアクセサリーの仕事にしていた時期もある。パン粘土が銀粘土になってジュエリーに昇格というのはどんな感じだろう・・・・・。
とにかく体験教室だけでも受けてみよう!と意を決したのがこの時、既に40代の自分でした。

にこやかに迎えてくれた木曽先生の体験教室は実にワクワクする内容でした。
たった10gの銀粘土で自由にこねて自分の指輪を作る。
私は植物が好きなので葉っぱを絡ませたデザインで初めての指輪作りを体験しました。
形を作ったらドライヤーで完全乾燥。
この段階ではまだ石膏のように白い指輪。これを高温に熱した電気炉の中に入れて焼成する事およそ10分位。
取り出して金属ブラシで研磨してゆくとあら!!!!不思議!!!!
ここからが感動と感激の場面の連続・・・・石膏が瞬く間のうちに銀色に輝き出し・・・・純銀の指輪になったのです。

彫金の様に面倒な事は一切無し!粘土をこねて銀細工なのだから・・・・・。

そして何よりも嬉しかったのは、現実生活から離れて自分だけの没頭する時間を持つ事の喜び。
私は決めた!
木曽先生のもとでアートクレイシルバーを習っていこうと・・・・・・。

木曽先生は近々、純銀線で天然石を編み込む本を出す予定だとおっしゃっていたのもこの頃でした。
今や純銀クロッシェといえばこのお方ですが。
それから2年以上、私は夢中になって玉川通いをしました。

いつもふんわりとにこやかに的確な御指導をされる木曽先生には厚い信頼があり、本当に楽しいスクールでした。雨の日も風の日も、寒い冬も暑い夏も銀粘土のアクセサリーと木曽先生に会いたくて・・・
そして一緒に作る仲間達と作品の話やアクセサリーの話をするのが楽しかったのです。



インストラクターの資格を取得後に遂に離婚してしまい、生活が苦しくなった為に私はお教室を離れてしまったけれど、今でも木曽先生に習いたいと思っています。
そして自分の時間が欲しいです。




   木曽先生と仲間達 銀粘土教室3


  木曽組


              銀の髪留めシリーズ 2002年木曽組作品



シリンジで作った葉っぱのブレスレット
銀粘土作品


シリンジ作品を木曽先生が褒めて下さり「シリンジの○○」と呼ばれたりして・・・・とノセルので私はマジでお調子に乗り、シリンジ作品に没頭の日々を送りました。
当時は部屋中シリンジの注射容器が散乱。
傍目には薬物中毒の母の部屋に見えたようです。(笑)






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プロフィール

mako

Author:mako
その昔、木馬館というCafeをやっていました。

天然石ビーズのお店でジュエリースクール講師を務めてからその後独立。日夜「大人の女性の為のアクセサリー作り」を考えて暮らしてます。
家族は宇宙人の哲爺。

「ねむの木のテラスから」こちらはアクセサリー発信のお教室ブログです。
どうぞ遊びにいらしてくださいね。

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