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雀のお宿

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狩猟家だった父は解禁になる11月15日になるとハンターの姿に変身して神奈川辺りの山に入っていた。
我々は狩猟民族だと言っては誇らしげに山鳥を撃って来た。
私の少女時代の記憶にある我が家は冬の間中、獣の匂いがしていたと思う。

父は小さな自動車修理工場を営んでいた。 
玄関は全面シャッターの入り口で、父が山に行った日は「ただいま」とシャッターを開けるのだが、その瞬間遭遇するのは皮を剥がされた動物達の屍骸であった。
軒先と言うのだろうか・・・。シャッターの内側に吊るしてある薄皮だけの兎(耳も剥がされた血管の透き通った物体)や山鳥達がぶらん!と御対面となる。
冷蔵庫を開ければそのままの山鳩やコジュケイ、鹿の肉がどん!である。
今夜は兎汁だ、熊鍋だと出されても私は決して箸を着けなかった。
ここは山岳地帯の村では無い。目黒区碑文谷という住宅街なのだ。
殺生してまでの栄養不足な生活など誰もしていない。


話はもっと昔にさかのぼる。
物心着いた頃から時々、我が家の食卓に登場していたのが雀の蒲焼御飯。
「雀のお宿」の絵本に出てくる雀達は普通にこの家のメニューだった。
父は碑文谷の住宅街で空気銃を使って雀を捕っていたらしい。

ある日の事 空気銃を持って雀を物色している所を不信に思った近所の住民が
警察に通報した。
当たり前の事だが挙動不審な男が、銃を持って住宅街をうろついているのだから怖いに決まっている。
当時私は小学校2年位だったと思う。何も知らない私はランドセルを背負ってスキップしながら家に向かっていた。
家の前にはパトカーが停まっていて父が連行されて行く瞬間だった・・・・・
後部座席に揺れる父の姿。

かくして雀・空気銃・蒲焼は忌まわしい想い出セットベスト3にランクイン。


さてお題の雀のお宿・・・・である。

あれから年月が流れて・・・・・木馬館時代のある日・・・・。
ひょんな事から子雀を拾った。
衰弱していたので家で育てることにしたけど、何時あの父が羽を毟って蒲焼にするか心配でならなかった。
・・・ しかし父には大きな異変が起きていたのですな。
変わり者の父は大人になった子供達から疎外されて嫌と言うほど孤独を味わっていた所に、つぶらな瞳の子雀がやって来たのだから、そりゃー可愛がりました。命名はチュン子。
それは目の中に入れても痛く無い程の溺愛ぶりで、いつも肩に子雀を乗せては、口移しで自分のごはんを食べさせる毎日。
晩酌の相手もチュン子。
朝から晩まで、いや24時間がチュン子との甘い生活だった。
雀のお宿でもてなされた爺さんと父がダブって見えた。

しかし父と子雀との蜜月はそう長くは続かなかった。

ある事故でチュン子は小屋の中で息を引き取ったのだった・・・・・・。
父は取り乱して号泣。
泣いて泣いて泣いた目は数字の3のように瞼が腫れ上がり、プライドの高い父は家の中でサングラスを掛けていた。盲目のマッサージ師の様になった父は
毎度の食卓でも真っ黒なサングラスをつけたまま寡黙にうつむいていたのを覚えている。
子雀の亡骸はいつまでも仏壇に置かれていた。
さんざん蒲焼にしてきた雀が、なぜか仏壇で固くなっていた。

時々、父はいなくなる。

でも家族は皆わかっていた。

碑文谷には昔の竹林を残した「雀のお宿公園」という場所があって、
ここに来れば雀達がチュンチュン降りてくるのだ。

父は黒いサングラスをかけたまま、一人竹林の中を佇んでいた・・・・・。




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Comments

おとうさん
なんと表現したらいいのかわからない、楽しいお父さんだよね。傍からみれば。ドラマみたい。一度お会いしてみたいなあ。あ、去年の生ハムおいしかった。ありがとう。(再請求ではありません。)
チュンちゃんの話を読んで、この間の犬救出劇を思い出したよ。いつも捨て犬を処分してるのに、救出かあ・・・と。
人間て、不思議。
Posted at 2006.11.26 (12:44) by ゆきこ (URL) | [編集]
家の爺さん(父)が1番不思議
人間て不思議。だけど家の爺さんほど不思議な人は
いません。
この夏、山形に行ったら、風呂場に大きなポスターが貼ってあって(なぜ浴室なんだ)それは鎧にカブトの戦国自衛隊みたいな父でした。
お前は何者じゃ!・・・・でしょう?

ここのブログの1月に「世田谷ボロ市」編があって、その中に父とウリふたつの人がいます。
その人は火縄銃ではなくて輪ゴム鉄砲を作っていました。
Posted at 2006.11.26 (18:05) by mako (URL) | [編集]
碑文谷にこんな場所があるのですね!
お父様の想い出・・・箸はつけなかったmakoさんの愛情が見受けられますね
Posted at 2006.11.29 (13:22) by ノエル鷺草 (URL) | [編集]
ノエルさんへ
変わり者の父の思い出は、まだまだあるのでまた・・・・。
動物達への愛情で箸が付けられなかったのではなくて
本来の形を残酷なまでに失っていく工程を見たら食べられないのでした。しくしく・・・v-404
Posted at 2006.12.03 (01:57) by mako (URL) | [編集]
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プロフィール

mako

Author:mako
その昔、木馬館というCafeをやっていました。

天然石ビーズのお店でジュエリースクール講師を務めてからその後独立。日夜「大人の女性の為のアクセサリー作り」を考えて暮らしてます。
家族は宇宙人の哲爺。

「ねむの木のテラスから」こちらはアクセサリー発信のお教室ブログです。
どうぞ遊びにいらしてくださいね。

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