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三丁目の夕日

お仕事をしている方々は土曜日にレッスンを受けたい……そんな声を受け止めてどこよりも早くから土曜日レッスンを始めた。
最初は隔週で…その次には全ての土曜日を。


年老いて一緒になった哲爺と一緒に出掛けられるのは日曜日だけとなった。

爺さんだから日曜日に遠出をすると疲れると言う。
もっぱら車でスーパーに行くかホームセンターへ。
だから映画館に行くのが一番の楽しみだった。


自由を得た私は代わりに失業者となった。
初めて迎えた土曜日は哲爺の会社の催事で私はお留守番。思いっきり断捨離をした。

こうして先週末の土曜日にようやく、久々の映画館に行った。
「三丁目の夕日」
今回は東京オリンピックの年の物語だ。

3Dだったのもリアリティがあったけどシリーズ最高の胸に染み入る映画だった。可笑しくて切ない。

不覚にも何度も3Dメガネの裏から涙がこぼれ落ちた。(コレが歳なんだな)



私には東京オリンピックが始まった日が忘れられない思い出になっている。


当時私は保育園の年長だった。
母の出産は予定日を大幅に過ぎていたと思う。
学芸大学駅にあった小さな産院の一室で私達家族は10月10日を迎えていた。
東京はオリンピックのお祝いムードに沸き立ってどこも、誰もが興奮していた。
今日、私はお姉ちゃんになろうとしている。

とても青く澄んだ秋空だった。
母が苦しそうにウンウンと唸っている。心細かった。母に抱きつきたいのを我慢していると父が母の手を握りしめた。
幼い私が入り込めない場面だった。

弟か妹がもうじき生まれるというドキドキ高鳴る期待と、大好きな母が苦しんでいる堪らない不安感。

どうしてよいのかわからずに産院の窓辺にとぼとぼと一人歩いた。

…とその時に青空に次々と大きな輪が描かれていった。
まるで青い画用紙にクレヨンで描いたような五色の輪。
「ママ!ママ!お空見て!」振り返った母は益々唸りをあげていた。




三丁目の夕日ではその場面が描かれている。
ブルーインパルス(ジェット機)と言っていた。
そんな名前も今の今まで私は知らなかったけれどあの真っ青な空にジェット機が描く五つの輪は鮮やかに瞼の裏に浮かぶ。



結局その日の内には母は産めなかったのだった。

翌11日、弟が生まれたと知らされて父に連れられて産院に行く。

「お*と*う*と」

小さな胸は高鳴った。
どんなに可愛い赤ちゃんなんだろう……

ドキドキして覗き込んだベビーベッドに寝ていたのは
……猫のミイラみたいな小さなかたまりだった。

過熟児。未熟児の反対で母の胎内に長く居すぎた為に逆に母親が胎児の栄養分を採ってしまったと聞かされた。
確かに母は激太りだった。

それから雛を育てるような両親と、ひ弱な「ちゃーちゃん」との生活が始まった。

三丁目の夕日ではオリンピック放送中に、貧乏作家の茶川家に赤ちゃんが生まれる。
エンディングで赤ちゃんを抱きながら夕日を見上げる家族と弟が重なった。
あの赤ちゃんと弟は今同じ年なのだ…と。


彼は虚弱ながらも大人に成長してショボい独身生活を謳歌しています。

そして今でも「俺はどうせ猫のミイラ男」だと言って。(笑)


これを書くにあたりブルーインパルスをど忘れした私は一緒に観た哲爺に聞いてみた。
哲爺は「えっと…ブルーエンジェルス」
何だか違う…

爺さんに聞いたのが間違いだった。












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プロフィール

mako

Author:mako
その昔、木馬館というCafeをやっていました。

天然石ビーズのお店でジュエリースクール講師を務めてからその後独立。日夜「大人の女性の為のアクセサリー作り」を考えて暮らしてます。
家族は宇宙人の哲爺。

「ねむの木のテラスから」こちらはアクセサリー発信のお教室ブログです。
どうぞ遊びにいらしてくださいね。

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